五菱会ヤミ金事件 最高裁弁論要旨

平成19年(受)第569号

弁  論  要  旨

平成20年4月22日
最高裁判所第三小法廷 御中

上告代理人弁護士 宇都宮健児外155名

 本件の上告代理人として,弁論致します。

第1 はじめに

  本件訴訟は,「ヤミ金の帝王」と呼ばれた梶山進が暴力団山口組五菱会をバックに経営するヤミ金組織から,出資法に違反する暴利を取り立てられた被害者11名が,梶山に対して損害賠償を求めるものです。
 当然のことですが,本件訴訟は,当事者である11人の為だけのものではありません。背後には,おびただしい数のヤミ金被害者の存在があります。
 暴利の返済に追われ,たとえ一時たりとも気の休まることのない毎日に,精も根も尽き果ててしまった人達。ヤミ金の恐怖に,些細な物音にも脅え続ける人達。ヤミ金のために大切な家族や職場を失った人達。そして,ヤミ金から逃れるために,自らのかけがえのない命を絶ってしまった人達。
 どうか,その人達1人1人の顔を胸に思い描きながら,私達の話を聞いていただきたいと思います。


第2 原判決の重大な理論的過ち

 まず,最初に,原審の高松高裁が重大な理論的過ちを犯していることについて,お話します。
1 原審は,被害者が各ヤミ金に交付した金員全額を財産的損害であると認めながら,ヤミ金から交付された貸付名目交付金を得ているとして,損益相殺によって賠償金額を減額しました。この考え方を「差額説」ということにします。
 しかしながら,原審の判断は,被害者の損害賠償額を算定する上で貸付名目交付金を損益相殺できないとする「全額説」を示した札幌高裁平成17年2月23日判決に反するばかりか,以下のとおり,最高裁で変更すべき問題点を含んでおります。
2 まず,損益相殺を適用することができるのかについて検討します。
 これについては,最高裁平成5年3月24日大法廷判決の存在を指摘したいと思います。同判決は,被害者が不法行為によって損害を被ると同時に,同一の原因によって利益を受け,かつ損害と利益との間に同質性がある場合に限って,損益相殺が可能であるとしています。
 そもそも,ヤミ金が貸付名目で交付する金員は,被害者がヤミ金に対して支払いをする前に交付されたものであり,被害者がヤミ金に支払いをして損害を受けるのと同時に得たものでも,同一の原因によって得たものでもありません。
 次に,「損害の同質性」ですが,これは,利益が損失を填補する目的と機能を有することを意味します。梶山及び共犯者奥野に対する東京地裁判決が指摘する通り,貸付名目交付金は不法原因給付に当たるため,梶山はその返還を請求することができません。そして,その反射的効果として,被害者はこの交付金を,交付の時点で確定的に取得します。したがって,その時点で被害者の固有財産となった貸付名目交付金は,その後に被害者が支払をさせられたことにより被った損害を補填する性質を持ち得ません。加えて,貸付名目交付金は,被害者を一本釣りするための「餌」に過ぎず,むしろ被害者の損失を発生ないし拡大させる目的と機能を有するとさえ言えるのですから,尚更,「損害の同質性」など認められるはずがありません。
 そこで,被害者の損害との間に「同質性」を欠く貸付名目交付金をを損益相殺できない,という当然の結論が導かれます。これが「全額説」です。
3 他方,差額説は,関係する法制度の趣旨に抵触し,法律関係に無用の混乱をもたらします。
(1) 差額説は,ヤミ金が貸付名目交付金の限度では損害賠償責任を負担しなくてもよい,という結果をもたらします。それならば,交付額の限度では「元本」として取り立てた方が有利だということになります。しかしこれでは,貸金業法42条が貸金の返還合意そのものを無効とした趣旨に反します。また,出資法5条が高金利の約束・受領・要求のいずれも処罰の対象としているのに,一方で「元本として」なら取り立てOKだと言ってしまえば,ヤミ金が出資法の処罰規定を潜脱し,過酷な取立をすることを助長する結果となることは明かです。
(2) 加えて,差額説では,ヤミ金による貸付名目交付金の返還請求権と被害者の不法行為による損害賠償請求権との相殺を,実質的に認めてしまう結果になります。これは,不法行為の誘発を防止しようとする民法509条の趣旨にも反します。
(3) さらに,差額説は,不法原因給付に当たる貸付名目交付金について,ヤミ金が不当利得返還請求を行うことを許容する結果をもたらしますが,これは不法原因給付に関する確立した最高裁判例と矛盾します。すなわち,最高裁昭和29年8月31日,同昭和44年9月26日判決は,公序良俗に違反する取引があった場合,各当事者の不法性を比較して不当利得返還請求の可否を判断し,不法性が強い者から弱い者への返還請求を認めないとしています。梶山は,同人を頂点とするピラミッド型の階層的ヤミ金組織を構築し,これを指揮命令して末端のヤミ金を管理し,被害者に対して,異常な高金利を伴う金銭貸付を全国規模で展開し,かつ同人らから莫大な金銭を収奪してきました。そのような梶山の不法性が、犯罪被害者に過ぎない被害者のそれよりもはるかに強いことはあまりにも明白ですから,被害者に対する不当利得返還請求が不法原因給付に該当し,認められないのは当然のことです。しかるに、差額説はこれと真っ向から相矛盾する結果を持ち込むことになり,法律関係に無用な混乱をもたらします。
(4) 原判決も,貸付名目交付金が不法原因給付に該当するとしていますが,そのように評価する以上,「差額説」は採用しえず,「全額説」に立つ他なかったのです。
4 「損害の公平な分配」という不法行為制度の趣旨に照らしても,「全額説」の妥当性は明らかです。
 先の東京地裁判決も指摘するように,本件では,被害者は梶山らの金融システムの中でキャッチボールされ,貸付名目交付金の多くが,そのシステム内で環流させられていた,というのが実態です。被害者は,梶山が仕組んだ通りに右から左へと消えてしまう「貸付名目交付金によって」実質的に利益を受けた,とは言えません。そもそも貸付名目交付金は,梶山自身の懐から出てきたものではなく,もとは他の被害者から巻き上げた犯罪収益に過ぎず,被害者が「梶山から」利益を受けたとも言えません。従って,「損害の公平な分配」という不法行為制度の趣旨・基本理念に照らせば,被害者の梶山に対する損害賠償請求において,その賠償額を制限する必要は全くなく,全額説が採用されなくてはならないのです。

第3 本件訴訟の社会的意義

 次に,本件訴訟の社会的意義について述べたいと思います。
1 多重債務者や自己破産者に対し,電話やダイレクトメール,FAXなどで融資勧誘を行い,年1000%〜1万%という出資法違反の超高金利貸付けと暴力的・脅迫的取立てを繰り返すヤミ金が急増し始めたのは,1990年代の終り頃からであります。
 ヤミ金被害の典型は,2003年6月14日,大阪府八尾市で発生した男女3人のヤミ金苦心中事件です。この事件では,借り主の女性(69歳)と障害者の夫(61歳),障害者の兄(81歳)の3人が,ヤミ金の取立てを苦にして,JR関西線の線路上にうずくまり鉄道自殺しています。わが国では,年間約7000人が経済・生活苦で自殺していますが,この中にはヤミ金苦による自殺者も多数含まれているものと思われます。
 ヤミ金急増の背景としては,@ヤミ金のターゲットとなる多重債務者や自己破産者が急増したこと、Aヤミ金が短期間に莫大な利益が上げられることから暴力団が資金源としてヤミ金に眼をつけたこと、B行政や警察の取締りが不十分であったことなどが考えられます。
 ヤミ金による被害が全国的に拡大する中で,全国の弁護士,司法書士,クレサラ被害者の会などが中心となり,2000年12月,「全国ヤミ金融対策会議」が結成されました。
 対策会議は,「ヤミ金110番」の実施,ヤミ金の全国一斉刑事告発運動,登録ヤミ金業者の行政処分申立,銀行に対するヤミ金の口座凍結要請,「ヤミ金対策法」の制定運動など精力的な活動を行ってきました。
 特に全国一斉刑事告発運動に関しては,これまで10回にわたる集団告発を行い,延べ4万6000件を超えるヤミ金業者の刑事告発を行ってきています。これらの集団告発は,ヤミ金に対する警察の取締りの強化を促すとともに,本件山口組五菱会系ヤミ金グループを検挙・摘発させる上において一定の役割を果たしています。
 対策会議は,2002年4月,「ヤミ金に対しては一銭たりとも返還しない,ヤミ金に支払った金銭は全額返還請求する」ことを運動方針として確立しています。また,2002年6月に開催された日弁連の「第4回多重債務者の救済事業の拡充に関する全国協議会」においても,同様の処理方針が確認されています。
2 2003年7月25日,ヤミ金に対する罰則と行為規制を大幅に強化する「ヤミ金対策法」(貸金業規制法と出資法の改正法)が成立しました。
 また,2006年12月13日には,金利規制と貸金業規制を抜本的に強化する画期的な新貸金業法(貸金業規制法,出資法,利息制限法等の改正法)が成立しましたが,新貸金業法においてもヤミ金に対する罰則がさらに強化されています。
 さらに,新貸金業法成立後,政府は,内閣に「多重債務者対策本部」を設置し,昨年4月20日,「多重債務問題改善プログラム」を決定しています。この改善プログラムの中で特に重視されている対策の一つが,「ヤミ金の撲滅に向けた取締りの強化」です。
 政府の多重債務問題改善プログラムを受けて,現在,全国47都道府県において,都道府県の関係部署に警察,弁護士会,司法書士会,被害者団体などが参加した「多重債務者対策協議会」が設置され,官民一体となった多重債務対策,ヤミ金対策の取り組みが行われているところです。 
3 ヤミ金は犯罪者集団であり,ヤミ金が暴力団の資金源となっていることは,本件山口組五菱会系ヤミ金事件を見ても明らかです。
 わが国社会から犯罪者集団であるヤミ金を一掃するためにも,本件訴訟においては,全国各地で取り組まれている官民一体となったヤミ金対策を後押しし,ヤミ金の息の根を止める判決,すなわち,被害者がヤミ金に支払った金銭全額の損害賠償を認める「全額説」に立つ判決を強く求めるものです。

第4 深刻なヤミ金被害

 続いて,ヤミ金被害の実態についてお話します。
 本日は,実際に梶山のヤミ金組織の被害にあった人達も,ここに足を運んでくれておりますが,裁判官の皆様には,深刻なヤミ金被害の現実に,しっかりと目を向けていただきたいと思います。  
1 ヤミ金による被害は決して過去のものではありません。今この瞬間も,ヤミ金は全国各地で被害者を追いつめ,被害者やその家族の生活を破壊しています。我々弁護士や被害者団体は毎日ヤミ金と闘っていますが,我々の感覚的にも,実際の被害件数の推移を見ても,ヤミ金の勢いは決して衰えを見せていません。
2 被害者はヤミ金から借りるとすぐに,返済のための金策に奔走することになります。しかし暴利のため,被害者が破綻することは目に見えています。ひとたび支払が遅れれば,ヤミ金融はすぐに被害者の自宅や勤務先に電話をして,「借りた金を返さないなんて人間のクズだ。」「さっさと死んだ方がいい。」などと怒鳴りつけ,「今からお前の家に行く。」「必ず殺してやるからな。」と脅迫を繰り返します。被害者は借りる際に自宅や勤務先,親族や知人の連絡先まで教えてしまっており,それを人質にされるので逃げられません。逃げられないという意識が被害者を追い詰めます。被害者は支払のことしか考えられなくなり,仕事などしていられる状況ではなくなります。被害者は恐怖のあまり,親族に土下座してまで援助を受け,必死に支払を続けますが,払いきれません。彼らは普通の市民であり,様々な理由からヤミ金に借りざるを得なかっただけであるのに,ヤミ金から借りたということで,まるで異常者であるかのように周囲から責められ,「なぜこんな借金をしてしまったのか。借りてしまった自分が悪いのだ」と,次第に自分を責めるようになります。体調を崩す者も多く,解決の糸口が見えないため,絶望して自ら命を絶ってしまう被害者が未だに後を絶ちません。被害者は財産を奪われるだけでなく,健康や人とのつながり,生命までを含めた生活のすべてを破壊されてしまうのです。このようなことがまかり通る社会が,絶対に正しいはずはありません。
3 ヤミ金の攻撃は弁護士に対しても向けられています。悪質なヤミ金が,弁護士や法律事務所の職員に対して脅迫を行い,業務妨害を図る事例は多数報告されており,弁護士の多くはそのような妨害に屈することなく闘っていますが,個人での闘いには限界があることも事実です。
4 弁護士や被害者団体がヤミ金に対処するにあたって,問題の解決を難しくしているのが,「借りた金は返さなければならない」という理屈です。弁護士が介入しても,多くのヤミ金は平然と「金を貸したんだから,元金くらいは返してくれるんでしょ」と言い放ちます。あろうことか,通報を受けた警察官でさえ,「借りたものは返さないといけないから,元金は返しなさい」などと被害者に指示することがしばしばあるのです。所詮は金の貸し借りであるという意識が,ヤミ金の開き直りを容易にさせ,警察官のヤミ金に対する追及を消極的にしていることは間違いありません。ヤミ金の本質が「少額の貸付金を道具として,利息名下に多額の金員を脅し取る恐喝行為」であり,「貸付金は違法な金銭収受のための道具にすぎない」ことを社会に対して明確に宣言する必要があります。損益相殺を認めてしまっては,ヤミ金被害の本質を見失うことになってしまいます。

第5 最後に

 最後に、本訴訟において、例外を認めない明快な判断が、どれほど強く切望されているかについてお話をして、本弁論を締めくくりたいと思います。
1 年率109.5%を超える著しい高金利を得ようとすることも,年率29.2%を超える高金利を反復継続して得ようとすることも,法をあざ笑い,挑戦しようとする態度を顕わにしています。そのどちらをとっても十分に醜悪であって,法が助力を拒否するに値します。
2 このようなヤミ金による金銭の貸付けが不法原因給付に当たると評価する以上,さらに「特段の事情」を要件として付け加えるまでもなく,損害額の算定にあたっては「全額説」を採用すべきです。不法原因給付物を損益相殺の対象にして,不法を犯した者に助力してはなりません。
 著しい高金利であるとき,あるいは高金利を業としているとき,ヤミ金融は,犯罪収益を更なる犯罪行為の資本として投下し,回転させて,犯罪収益の拡大を図ろうとしています。個別の貸付けにおいて「元本」と見えるものは,他の被害者から巻き上げた犯罪収益に過ぎません。これを犯人の手元に残すか,法の実現のために立ち上がった私人に引き渡させるか,です。
3 私たちは,ヤミ金融撲滅のため活用できる最高裁判例を切望しています。本件のようにヤミ金融組織のトップにまで届く突き上げ捜査が成功し,相当程度,ヤミ金融組織の内情が解明されたのは,きわめて好運な例に過ぎないと思います。私たちが日常遭遇するヤミ金融被害事件では,背後関係は何も分かりません。ここで万が一,被害者側において知り得ないこと,立証しえないことを損害額算定の要件とされてしまったならば,活用のしようがありません。
 また,例えば取立ての態様が違法であるかなどといった余計な要件を加えられてしまったら,これまた活用のしがいがありません。言われるままに被害者が高金利を支払っている限り,ヤミ金融は,粗暴な態度をとる必要もないのです。いったん違法な取立てを受けてからでないと賠償額の制限を免れないと言うのでは,本末転倒です。違法行為の根元を断つことを,目指さなければならないはずだからです。
 実際,ヤミ金融に今日電話をかけて,明日捕まえさせるというわけにはいきません。それでも,ヤミ金融を心理的に牽制して,少なくとも取立てを直ちに止めさせなければなりません。多くの被害者は,自殺まで考えています。取立てがやまなければ不測の事態も起こりかねない,そういう危険と背中合わせにいるのです。
 「元本名目で払おうと,利息名目で払おうと,保証料名目で支払おうと,被害者がヤミ金に対して支払った金銭はすべて損害である。犯罪者が立てた名目に従って損害を区分する必要はない。ヤミ金が犯罪の手段として貸付けに回した金銭を失ったとしても,それは自業自得である。」
 「ヤミ金との金銭消費貸借契約は公序良俗違反ゆえ無効である。貸付名目交付金は不法原因給付に当たる。貸付名目交付金はその反射的効果として被害者に帰属するのであって,被害者の損害を補てんする性質を持たない。ゆえに損害と利益の同質性がないから損益相殺の対象とならず,被害者が賠償を求める損害額から貸付名目交付金の額を控除すべきではない」
 ヤミ金に対して余計な反論の余地を与えることのないように,最高裁判所におかれては,明快な判断を示して頂きたいと思います。

以上で弁論を終わります。